森歩きは冒険

今年は残暑の厳しい毎日でしたね。しかし、暑い最中でも、森は早々に冬の準備が始まっているようです。
今日、一緒に歩く彼女は、20代の会社員です。つい最近まで、実家暮らしをしていましたが、仕事が忙しくなったことをきっかけに会社近くのマンションで一人暮らしを始めました。通勤時間が短縮した分、自分自身の時間が増え、やりたいことを気ままにできるかと思っていたそうですが、掃除、洗濯、料理など、思いのほか家事に手こずり、くたびれ果ててしまったそうです。なんとか元気だった頃の自分を取り戻そうと、好きな空間で受けられるこの森林散策カウンセリングにやってきました。
今日で3回目となる森歩き。どんなことに出会えるのでしょうか。

――暑さが和らいできましたね。

―はい、やっと過ごしやすくなりました。

――前回は、暑い最中の森歩きでしたね。あれから1か月経ちましたが、どんな様子でしたでしょうか?

―暑かったですが、やっぱり自然の中で過ごすのは気分転換になって、帰った後も心地良かったです。でも、あっという間に日常生活へ連れ戻されてしまって・・・・・・、もう1か月が経ったんだっていう感じです。

――そうでしたか。

―ただ、一人暮らしを始めてから半年になります。なんとなく生活のリズムがつかめてきました。

――それは、良かったですね。

―あらためて、母の有難さを感じます。

――お母さんの有難さを感じますか!

―はい。毎日、気ままに仕事へ行かれてたのも、細々した家のことを一切気にせず、自分のことしか考えてなかったからなんだな~と思いました。料理、洗濯、掃除、ゴミ出しなど、一人分とはいえ、日常生活の当たり前のことをやってみると、地味に時間がかかるし、意外に疲れるし・・・、仕事をしていると、いろいろなことを考えて過ごしていかないと、買い物にさえ行きそびれることがあるんだってことも分かりました。

――そうなんですよね。

―仕事が忙しくて、毎日残業する時があったんです。その時は、なかなかお店が開いている時間に帰宅できず、しばらく買い物に行けないでいたら、家に帰っても、食べるものが何もなくなっていた日があったんです・・・、お腹は空いてるし、クタクタだし、これが実家だったら、何かしらあったよな~と。母がいたら、「何か作って~」と言えたのになぁ・・・なんて、ものすごく悲しい気持ちになりました。

――切なかったですね。

―はい・・・。あらためて、これが今で良かったなとも思いました。

と、話しながら歩いていると、緑色の実がなっている樹木が見えてきました。カウンセラーは、そこで立ち止まり、彼女に、一種類ずつ丁寧に説明することにしました。

――ちょうど、ここに実が生り始めた樹木が3種類あるので、見てみませんか?

―はい!

――1つ目は、ハンノキ(写真1)です。あそこに緑色のした楕円形の実がなっています。

―あ、あの、3つ見えるものですね。

――はい。そして、2つ目は、センリョウ(写真2)です。足元にある低い樹木のもので、葉の真ん中にある実です。

―あっ!ありました。

――そして、3つ目は、イイギリ(写真3)で、頭上に見えますが、葉っぱが少し大きめの樹木で、その間からいくつもぶら下がっている実です。

―あ~!あれですね。見つけました!どれも、緑色なんですね。葉っぱと同じ色で教えてもらわないと気づかないですね。

――確かにそうですね。もう少し季節が進んで冬になると、茶や赤くなり、目立つようになりますよ。

―なるほど!そういうことなんですね。

と、彼女はそう言った後、何か頭のなかで考えているようでした。

―ということは!お正月の花で見ていたセンリョウの赤い実は、こんなに早くから木になっていたということですか?

――そうですね。

―すごい・・・・・・・・・・・・・・。赤い実として目立つまでに、こんなにも時間がかかるんですね。んーーー、ちゃんと立ち止まって考えれば、当たり前のこととして理解できますが、冬に向けての準備が、夏からもう始まっていたとは・・・・すごい・・・。誰に言われるわけでもないのに、準備万端で・・・。あ・・・、見習わないとです。

と、彼女は、この小さな実の存在にとても関心した一方で、自分自身を振り返っているように見えました。

季節が変わると、森が変化していることに気がつきやすいですが、ちょっとずつ毎日変化していく様子は、なかなか気付けないものです。しかし、その気づけない変化を森の中で見つけると、彼女のように、自分自身を振り返るきっかけを作って応援してくれるように思います。いざという時に、慌てず、焦らず、どっしりと構え、時を待つぐらいの準備の良さが自然にはありますね。はっきりと目には見えませんが、毎日、少しずつ、森の変化が起こっているのが感じられます。だからこそ、ちょうど今、気になっていることを指摘するかのような出会いを森は与えてくれるのかもしれません。
来月は、さらに秋が深まりますね。また、一緒に歩くのを楽しみにしています。

ブログ執筆者
竹内啓恵 https://jumoku.co.jp/info/b201906-2/

~森のメモ~

(1)ハンノキ カバノキ科ハンノキ属 Alnus japonica
高木~小高木の落葉広葉樹。葉は互生で、鋸歯あり。卵形で際立つ個性はありませんが、鋸歯は低く目立たず、葉裏の葉脈はぼこっと出ています。ハンノキ属は、根に形成した根粒菌と共生するので、荒れ地や湿地など条件の悪い土地でも生育でき、ハンノキは河川流域や湖畔、低湿地に多く生えます。

(2)センリョウ センリョウ科センリョウ属 Sarcandra glabra
低木の常緑広葉樹。葉は対生で、葉の縁に鋸歯あり。枝先に4枚の葉が十字対生し、その真ん中に赤い実がつくのが特徴です。もともとは植栽木だったのが、野生化したようです。

(3)イイギリ ヤナギ科イイギリ属 Sarcandra glabra
落葉広葉樹。葉は互生に付き、葉の縁に鋸歯あり。三角形の底が丸みを帯びたようなやや大きな葉で、葉柄は赤みを帯びています。名前から「キリ」の仲間のように思いますが、ヤナギの仲間で分類されています。