森の中のセルフケア

春直前の森

春直前の森

強風後の林床

3月に入り、ふたたび寒さがぶり返してきたようです。「暑さ寒さも彼岸まで」という諺に、首を傾げる人も多いかもしれませんね。
さて、今日から一緒に歩く彼女は、40代の会社経営者の方です。この森林散策カウンセリングとは別で、定期的に複数の人たちを対象に開催する森歩きのプログラムに、昨年お友達と参加され、今回は森林散策カウンセリングでいらっしゃいました。彼女は、数年前に親の会社を引き継ぎ、思いがけず、仕事三昧の日々を送るはめになってしまったそうです。最近は特に、オーバーワーク気味で混乱することも多く、一度、自分の考えをしっかり整理した方がいいと思い、申し込みされました。
今日が初回とは言え、彼女がこの森を歩くのは2回目です。そんな彼女に、どんなことを森は伝えてくれるのでしょうか。

――今日は、お一人での森歩きです。存分に楽しんで参りましょう!

―はい。ここ数年、自分のために自分の時間を過ごす機会が少なかったので、今日は、本当に楽しみでした。

――森も、待ってくれていたと思いますよ。

―えっ!私なんかの存在に?

――そういうように思われますか?森は、誰かに会いたいなあと思っても、その誰かが訪ねて来なければ会えないんですよね。自分達の存在や大切さを理解してもらうためにも、森はみんなを待っているように思います。

―確かに、こうやって来てみないと、この自然の良さが味わえないですね。また、今日は2回目のせいか、歩いていても安心感があります。

――2回目だと安心感が生まれるんですね。

―はい。前回は複数人がいましたが、やっぱり初めてだったので、どんなところかと思いながら歩いていました。

――なるほど。

―それと、実は、先週一週間ダウンしていて、今日ちゃんと歩けるか少し不安もあったんです。

――えーっっ!大丈夫でしたか!

―はい。だいぶ回復して、元気が戻ってきました。もともと体力はある方だったので、先週は、自分自身もびっくりしてしまいました。朝、起き上がろうとしても体が動かなくなって、結局、そのまま3日間も、家族が心配するほど寝続けた後、元気が戻ってきました。

――それだけで済んで本当に良かったですね。

―原因は、疲れだったようです。

――今日は、無理しないようにゆっくり歩いていきましょう。

―はい、ありがとうございます。母の仕事を引き継いでからの3年間は、とにかく目の前の業務を片付けていくのが精一杯でした。ですが、少しも改善していかない状況に、おかしいなあと思うようになり、なんとか効率よく仕事を回していくにはどうすればよいか考えていこうと思った矢先の出来事だったんです。

と言って、彼女は、会社を引き継いだ経緯から、今の状況、社員への対応、また、会社が抱える課題やそれに対する自分の気持ちなど、息つく暇もなく話し出しました。そして、

―このままだと、正直、全員が潰れてしまうように感じているんです。

と、言ったところで、カウンセラーは立ち止まり、ちょうど松ぼっくり(1)や小枝が転がっている林床に視線を落とし始めました。彼女も、それに釣れられ、立ち止まり、カウンセラーの視線の先を見つめました。

―わぁっ!小さな枝や松ぼっくりがたくさんありますね。

――はい、強風があった後には、よくこのような小枝や球果が落ちているんですよ。

―なるほど、風によって落ちるんですね。

――はい。樹木にとっても、強い風に耐えるには、それなりの対策をしておかないと樹木自身に危険が生じてしまうんです。今は時期的に、葉っぱが付いていない樹木が多いですが、葉っぱがあると、それなりに風の影響を受けるのも大きくなるので、あえて小枝を落とし、自分の体を守る樹木もあるんです。

―えへぇ~!セルフケアをする木があるんですね!

――はい!事前に対策をすることによって、樹木の幹本体や大きな枝などが折れたり、倒れたりするのを防ぐはたらきをしていると考えられているんですよ。

―そうなんですね!すごい賢いんですね。

――この森だと、コナラ(2)やクヌギ(3)がそういうタイプの樹木です。その他にはクスノキ(4)があります。

―なるほど・・・確かに、梅雨の時期、神社へ行ったりすると、枝ごと落ちている葉っぱを見たことがありました。あれって、その木の幹本体が折れたり、倒れたりする前に小枝を落として、自分を守っていたんですね・・・・・・・・・・・・・・・・・・。幹本体が折れたり倒れてしまったら、元も子もなくなってしまいますよね・・・・・・・・・、何か非常に心に刺ささるものを感じます。

――刺さりますか。

―はい・・・・・・・。でも、不思議と、森の中をこうやって歩いているだけで、気分はとても晴れてきました。

――とても良かったです♪

―この気分がもっと続くように、いろいろなものを取捨選択していかないといけませんね。

――これから整理して、考えていきましょう。

―はい。

と、返事をした彼女の声には、これから真剣に自分自身と向き合う気構えが感じられました。

これまで、さまざまな彼女達と森歩をしてきていますが、なかでも会社の代表や、何か大きな責任のある仕事をされている彼女達の気づきは、毎回、とても早いなあと感心させられます。今日の彼女も、ちゃんと森からのメッセージを即座に受け取り、それを自分に置き換えて考え始めましたね。本当に、すごいなあと思いました。森歩きはこれからが本番です。時に、いろいろなことと対峙しなければならない場面がやってくるかと思います。ですが、ここは森林散策カウンセリング!必ずや、どんな時にも森は彼女達の味方になってくれると信じています。なぜなら今日だって、いつの間にか彼女の気分を晴れやかにさせてくれていましたね♪
来月は、春真っ盛りです。おそらく森の様相は、ガラッと変わっていることと思います。思う存分、森を楽しんでいきましょう。

ブログ執筆者
竹内啓恵 https://jumoku.co.jp/info/b201906-2/

~森のメモ~

(1)松ぼっくり(松かさ)
Chimonanthus praecox f.concolor
マツ科の実で「球果」と呼ばれます。マツの球果は一年中枝についています。写真の松ぼっくりは、アカマツの球果です。

(2)コナラ
Quercus serrata
落葉広葉樹の高木。北海道~九州に分布し、都市近郊の雑木林や山地の代表的な樹木です。葉は、互生で鋸歯があります。かつては薪炭材として利用されていました。

(3)クヌギ ブナ科コナラ属 
Quercus acutissima
落葉広葉樹の高木。北海道~九州の暖温帯に分布し、里山で普通に見かけます。葉は、互生で鋸歯があり、クリの葉に似ています。クリの葉との違いは、鋸歯の先の緑色が抜けて、糸状に長く伸びるので、ここが見分けるポイントです。

(4)クスノキ クスノキ科クスノキ属 
Cinnamomum camphora
常緑広葉樹高木。関東~九州の暖温な地域の山地に自生しますが、公園やお寺、神社、街路樹にも植えられ、普段から目にする機会が多いです。昔は樹皮から樟脳を抽出し、防虫剤として利用していました。葉をちぎるとツンとした爽快な香りがしますよ。