森の中の涙

新緑のみどり

新緑のみどり

ドウダンツツジ(1)

ドウダンツツジ(1)

いまだに、人に会うことや遠出することがままならない状況ですが、季節は廻り、新年度がやって来ました。新しいことが始まるのは、新鮮な気持ちになりますが、やはり、普段の生活とは少し異なるので何かと忙しく、落ち着かなくなるものです。
今日から森歩きをする彼女は、スーパーウーマンと職場で言われるほど、家庭と仕事との両立をこなし、さまざまな場所でいろいろな役割をこなしてきたようです。けれども、最近、何に対しても昔のようなパワーが出なくなってきたそうです。
さて、新緑の森では、どのような出会いが彼女を待ち受けているのでしょう。

――薄曇りのお天気ですが、新しい葉っぱが多く、森の中が明るく感じますね。

―はい!この新録のシーズンに来られたのは、すごく嬉しいです。昔から自然が好きで、落ち込んだ時など、一人でも公園に行ったりしていたこともあります。

――そうなんですね。

―でも、今は、誰かを誘って出かけたいと思っても、こういう状況なので気軽に言えないし。

――そうですね。

―また、友達と話したいと思っても、なかなか会えないし・・・、会社に行っても、なるべく会話を控えるようにって言われるし・・・、夫は、4月に異動があり、職場が遠くなってから、毎日疲れ果てていて、話す間もなく寝に行っちゃう感じで・・・、

と、彼女は、今置かれている状況を話し始めました。さらに、

―子どもは思春期真っ盛りで、親と一緒にいることを避けるようになったし・・・、自分の父親は、先月、転んで、自由に歩けなくなっちゃって、毎週末、実家に帰るようにしているんです・・・

と、彼女の話は、次から次へと色々な話題が続いていきました。
当然、話すことに集中しているので、森の中へと目を向ける暇などありません。歩く速さも自然と早まります。これまで彼女の中で抑えていたものが、堰を切って飛び出してきているのです。
こうして、彼女との森歩きもそろそろ終わりにさしかかろうとした時、カウンセラーは、白い花がぶら下がっている樹木へとゆっくり近づき、その前で立ち止まってみました。
すると、彼女は、

―小さい花がたくさんぶら下がっていて、かわいいですね。

――はい!とってもかわいいですね!

―でも、かわいいとも思うんですが、漫画に出てくるような涙がぶら下がっているようにも見えます・・・。

――本当・・・。いっぱい、いっぱい、涙がありますね。

―はい・・・。

と、彼女はそっと小さな花を撫でたまま、肩を静かに震わせ始めました。

日常生活で何役もこなしてきた彼女は、周りからスーパーウーマンとして見られてきました。いろいろなことを毎日こなしていかなければ、家庭も、仕事もきっと回っていかなかったのです。彼女が過ごしてきた毎日は、当たり前のことではなく、時に自分を押し殺しながらも無我夢中でやってきたことなのでしょう。森歩きの最後に、ドウダンツツジの花を通じて、彼女は自分自身がたくさんの涙を抱えていることに気づきました。

友人や同僚と気軽に話すことができた頃は、誰もが、毎日の憂さを小出しに晴らすことができていたのだと思います。けれども、この制約された社会状況になってから、それらを表現する機会が少なくなってきてしまっているのではないでしょうか。
これから一年、たくさんお話ししていきましょうね。

 

ブログ執筆者 竹内啓恵
https://jumoku.co.jp/info/b201906-2/

 

~森のメモ~

(1) ドウダンツツジ ツツジ科ドウダンツツジ属
Enkianthus perulatus
関東地方~九州に分布。山地の岩場などに自生しますが、公園樹、庭木、生垣として植えられているので、身近な場所で見かけることができます。春には、スズランのような下向きの白い花がぶら下がってつき、秋には、葉が紅葉し、樹木全体が鮮やかに赤く染まり、美しい姿となります。