森からの話のきっかけ

同じ場所での「昼の景色」と「夜の景色」

一年の中で一番寒い時期になりましたが、最近は、どうもおかしな天気になることが多く、森の中で吐いた息が、必ずしも白くなるとは限らないようです。
 さて、今日、一緒に歩く彼女は、今回が、森林散策カウンセリングの終了日。ここ数年、社会全体でいろいろな変化が起こっておりますが、彼女の働く会社でも、時代の波にのまれ、さまざまな出来事が起こったようでした。しかし、この一年で、ひと回りもふた回りも成長した彼女。そんな姿を、この森は静かに見守ってきたようです。

――とうとうこの日がやってきましたね。

―はい、寂しいような、嬉しいような・・・複雑な気持ちです。このカウンセリングも終わりだと思うと寂しくなりますが、今と一年前の自分とを比べてみると、自分がかなり変わったので、それを思うと嬉しいです。

――何よりですね。

―はい、この森で、自分自身を客観的に見つめることができるようになったと、とても感じています。この数年間、会社の体制がコロコロ変わって・・・、まあ、コロナがあったから仕方はないんですけど・・・、4年前の春に、突然、会社出勤から在宅へと勤務スタイルが変わり、その体勢もやっと落ち着いてきたと思っていたら、昨年の春にまた、毎日会社へ出勤するスタイルに戻り・・・ほんとに、慌ただしく落ち着かない状況が続いていますね。

――ほんとですね。

と、彼女は、ここ数年に起きた会社の出来事を振りかえり始めました。ある会社に勤めている彼女は、そこの総務部に所属しています。会社の中で縁の下の力持ち的な部署ということもあり、会社の方針が一度変更されると各部署や社員に向けて、その変更の周知や説明、その他さまざまな問題に対応していかなければなりません。しかし、数年前に起きた新型コロナウイルス感染拡大防止の事象は、どの人にとっても初めての体験で、正直、どのように対応すべきか彼女の部署でも手探り状態で進めてきました。

―コロナが起こる前までは、総務部って、あまり目立たない部署だったんです。それが、急に忙しくなりはじめて・・・、しかも、自分達にも分からないことだらけで、いろいろな不安を抱えているし。それでも、会社や社員のために仕事をしなければならなくて・・・当時は、その現実を受け止められない同僚が何人か現れてしまい、その余波で部署全体もややパニック状態になってしまったことがありました。

――そうでしたね。

―それに巻き込まれてしまっては自分の仕事が進まないし、これ以上疲れてしまうと倒れてしまうかもしれないと思い、この森林散策カウンセリングに申し込んでみたんです。

――はい。最初の日の様子を今でも覚えています。

―(笑)・・・。いざはじめてみると、自然の中を歩くだけで気分はすっきりしてくるし、今まで意識していなかった鳥のさえずりや緑の景色が新鮮に感じられて、それはとても癒されました。しかも、なぜか、いつもペラペラおしゃべりする自分がいて・・・。でも、そのお陰で、普段考えていることや思っていることが少しずつ整理できるようになりました。「自分ってこういう面があったんだ」「こんな風に人を見ていたんだ」「こんなにも我慢していたんだ」っていうことを、森歩きをした後で、ふと、気づくようになっていったんです。

――たくさん発見してきましたね。

―はい、何度もこういうことを繰り返していくうちに、客観的に自分を見る習慣が身についてきたと思いました。ただ、その中で一番衝撃が大きかったのは、私自身、自分を犠牲にしながら仕事をしてきたことだったんです。

――なるほど。

―要は、自分の捉え方次第だったんですが、ここに来るまでは、毎日、仕事で疲れきっている自分は、体調管理もできない駄目な人間だと思っていました。だから、仕事もきついと感じるし、そういう駄目な自分なら余計自分を犠牲にして働かなければならないと考えていました。でも、去年の夏、この森で大きな枝が落ちていたことがあって、それは台風の影響で枝が折れてしまったことを教えてもらい、思わず「はっ」としたんです。自分で頑張ってもどうしようもできない時ってあるよなぁと。自分の疲れも、体調管理不足って思っていたけれど、どうしようもなく仕事で疲れることもあるよなぁと。そうしたら、急に目の前が明るくなっていって、森の中も、会社の中も、一歩立ち止まって見た方が、何かが分かるんじゃないかと思ったんです。

――はい、その時の表情は今でも忘れられないです。

―すごい驚いていましたよね!あの時から、自分の体と心をまず大事にしようと思い始めました。とりあえず、好きなことをやろうと考えて。それで、もう少し自然と触れあう時間を増やしたいなぁと思って、自宅近くの公園に出かけはじめたんです。

――半年前でしたね。

―はい!ここの森で教えてもらった樹木や植物を公園の中で見つけてみたり・・・、公園の中の植物を逆に森で探してみたり、普段の生活で楽しむことが増えていきました。そうすると、仕事に対してもだんだんと楽しくなっていって・・・。仕事の忙しさは、以前と変わらない状況ですが、「自分を犠牲にして」という考えがなくなったので、不思議と、毎日を楽に過ごせるようになりました。

――それはすごいことでしたね!

―今は、よく行く公園の、ある景色を楽しみに暮らすようになっているんです。今日、辛かったなあと思っても、お気に入りの景色を見ると、気分がぱあーっと晴れていくんです。それで!今日こそ、その景色をぜひお見せしたいなと思って、写真を持ってきたんです!

――まあ!ありがとうございます。

―これです。

と言って、彼女は2枚の写真(上記写真)を見せてくれました。

――わぁ!なんて素敵な景色なんでしょう。この二枚の写真は、同じ場所で撮った昼と夜の景色ですね。印象が全然違いますね。特に、夜の方の景色は、幻想的な雰囲気で、ずっと見ていたいなあと思わせるものですね。

―まさに、そうなんですよ!「今日も辛かったなぁ」と思いながら仕事から帰った時、ふと、公園に立ち寄りたくなったんです。そうしたら、この景色に出会えて!あまりにも感動してしまい、その場でしばらく茫然と、眺めていました。気づくと、変にモヤモヤした気持ちも消えて、あっ、無くなったわけではなかったんですが、メリハリがついたというか・・・。それから、この景色には何度も助けられています。

――身近な自然からのプレゼントですね。

―本当にそう思います。

――宝物が一つ増えて、これからも心強いですね。

―はい!

と、彼女は、満面の笑みで答えてくれました。

森林散策カウンセリングは、ただ、森を歩いている間に自分自身が変化していくだけではありません。森歩きが終わり、次の森歩きまでの日常生活のなかで、ふと、「そういえば」と思って気づくことも多いのです。しかし、最初は、同じ森のルートを、何度も、何度も、カウンセラーと歩くことをしないと、そこにある自然や自分自身の気持ちに気づけないのです。不思議ですよね。しかし、森歩きを続けていると、ある時、ピカッと光るものが彼女達にやってきます。今回の彼女は、森の中で、台風の強風で折れてしまった枝を見つけた時に、稲妻が走りましたね。しかし、そこで終わりではなく、そこからが新たな彼女達の始まりで、それは、自然だけではなく、会社や自分自身に対しての見かたもどんどん変わっていくのです。しかも、今回の彼女は、辛い時の対処方法まで、身近なお気に入りの場所に見出だしてしまいましたよ。もうカウンセラーが居なくても、これからは一人で逞しくなっていくように思います。
森は、一年間、静かに彼女を見守ってきました。ちゃんと、毎回、彼女に森の恵みをプレゼントしていたんですよね。それを、彼女はしっかりと日常に活かしました。これからの人生も、森とともに応援していきます。

ブログ執筆者
竹内啓恵 https://jumoku.co.jp/info/b201906-2/