かけがえのない、森での存在

写真左:大きな葉が特徴のアカメガシワ(1)
写真中:コンクリートの隙間から成長するアカメガシワの稚樹
写真右:成熟した森林

 

朝、窓を開けると、キーンと冷えこんだ空気が部屋の中に入ってくるようになりました。冬の森歩きは、このような冷たい空気の中で過ごしますが、不思議と体は暖かく、気分はスッキリさせてくれます。
今日の彼女は、残すところ数回の森歩きとなりました。多様な人材を抱える会社経営者であり、本人自身も、即戦力として毎日活躍しています。ちょうど秋になった頃、「いままで携わってきたこと全てにおいて、先陣を切った行動してきた」と、話してくれたことがありました。
さて、寒風が吹きすさぶ森で、どんなことを見つけ出すのでしょう。

――先月ここにあったアカメガシワの葉は、もう無くなってしまいましたね。

―ほんと、すっかり冬になりました・・・・・・。実は、あれからこの木のことが頭から離れなくて・・・、ふとした瞬間に、いろんな思いが込み上がってくるんです。

――そうでしたか。

―今も、いろいろと考えさせられています・・・。ハート形の大きな葉っぱが、ゆらゆらと動く姿がかわいいなーと見てましたが、意外にも、それらがパイオニアの木であることを教えてもらいました・・・。

――そうでしたね。伐採した後や街の空き地に、一番初めに侵入してくる先駆性樹種、パイオニア樹木(2)と説明しました。

―その「パイオニア」という特徴に、自分の姿が重なってしまったんです・・・。以前にも話したことがありますが、学生の頃から新しいことに挑戦していくのが好きで、こういうシステムがあったらいいな~と思うと、すぐ周りに相談して、どうやったらその仕組みができるんだろうと取り組み始めてるんです(笑)。当然のことながら、誰もやったことのないことをしていくので、周りからの批判や反対も多いですし、それなりの苦労を伴って作り上げては来ているんですけどね・・・。

――それは、辛いですね。

―・・・・。でも、それも楽しいんです。ただ・・・、ふと思うことがあって・・・。自分が苦労して作り上げた仕組みを、後から来た人達が、いとも簡単に使いこなしていく姿を見ると・・・、自分って何だったんだろう?と感じる時もあるんです・・・。

――なるほど。

―でも、前回の時、「森が出来上がる過程で、パイオニアの木は淘汰され、最終的には消えて無くなってしまう」という説明を聞いて、自分も、結局、そういう運命だったのか~と、妙に納得したんです。

――そうだったんですね。

と、彼女が話した後、二人は、冬でも青々とした葉っぱの茂る森へと足を運んでいきました。

―ここは、いつも葉っぱがありますね。

――はい、そうなんです。

―冬とは思えないような雰囲気ですね。そして、ちょっと暗いかな・・・。

――はい、暗いんです。スダジイ、シラカシ、アカガシ(3)といった樹木がメインに生えていて、みんな、背が高いんです。林冠(4)も閉鎖されているので、空が見えず、光もあまり入らないです。

―あのアカメガシワもないんですね。

――はい、森の初期段階には、アカメガシワなどのパイオニア樹木は見られていたと思います。それから何十年もかけて、いろいろな樹木が入っては消えて・・・というような変遷を何度も繰り返して、この成熟した森になったんです。つまり、パイオニア樹木がなければ、ここで今暮らしている樹木をはじめ、昆虫や動物、そして、私達人間までも、この自然の恩恵が得られなかったんです。

―パイオニア樹木って、森だけではなく、それに関わる全てのものに対して重要な役割を担っているんですね。

――はい、かけがえのない存在なんです。

と、カウンセラーが答えました。すると、彼女は誇らしげな表情になり、森全体をじっくり見回し、しばらく立ち止まったままになりました。

どの世界も、どの時代も、何もないところから何かを生み出していくパイオニア達は、とてつもないエネルギーと時間をかけ、新しいものを作り上げていきます。しかし、一度完成してしまうと、在るのが当たり前になってしまうのも少なくありません。後からやって来る人達は、それを難なく使いこなし、さらには改善しようとさえします。目の前に見える世界だけを見てパイオニア達の気持ちを考えると、やるせない気持ちにもなり得ます。ですが、実際は、想像をはるかに超えて、さまざまな人達や物にもたらす影響や恩恵は、計り知れないのではないでしょうか。誰もが簡単に出来ることではないですね。
残り少ない森歩きになりますが、春の訪れを楽しみましょうね。

 

ブログ執筆者 竹内啓恵
https://jumoku.co.jp/info/b201906-2/

~森のメモ~

(1)アカメガシワ トウダイクサ科アカメガシワ属
Euphorbiaceae Mallotus
落葉高木の雌雄異株。本州~沖縄の温帯・亜熱帯に自生します。陽樹で林縁、荒地、道端、伐採地で見かけます。先駆性樹木(パイオニア樹木)で、街中の空き地や塀縁で幼木を見つけられます。葉はやや大きく、葉柄、葉脈は赤みを帯びています。葉の基部から3本の葉脈に分かれ、幼木の葉の基部には2つの密腺があり、これを目当てに蟻が集まってきます。

(2)先駆性樹種(=パイオニア樹木)
森林が成り立つ際の植物の遷移(ある場所の生物群集が時間の経過とともに変化していく現象)過程で、初期に出現する植物種を先駆植物(パイオニア植物)と言い、樹木だけに注目した際、「先駆性樹木」と言ったりします。光を好み、成長が早く、寿命は短いですが、乾燥したやせた土地でも生育できます。

(3)スダジイ、シラカシ、アカガシ
・スダジイ ブナ科シイ属 Castanopsis sieboldii
常緑高木。東北南部~沖縄の暖温帯・亜熱帯に自生し、沿海~山地で見られます。幹は通直、枝下の長い立派な大木になり、雑木林、庭木や公園で見かけます。葉は不分裂、互生、楕円形、5~10㎝の長さで、裏が金色を帯びることが特徴です。

・シラカシ ブナ科コナラ属 Quercus myrsinifolia
常緑高木。東北南部~九州の暖温帯に自生し、低地~山地で見られます。幹は通直、枝下高の高い木で、街路樹、公園、庭木、生垣で見かけます。葉は、不分裂、互生、鋸歯があり、長楕円形、5~10㎝の大きさです。

・アカガシ ブナ科コナラ属 Quercus acuta
常緑大高木。東北南部~九州の暖温帯に自生し、山地~丘陵の尾根付近で見られます。枝分かれするため、通直な幹になりにくく、老齢になると鱗片状にはがれ、橙色を帯びるのが特徴です。葉は、不分裂、互生で、カシ類の中で最も大きいです。

(4)林冠
ブログ「ひんやりとした森の中」2020.8の「森のメモ」をご参照ください。