森は傍観者

やっと涼しくなってきましたね。陽ざしの強かった夏とは違って、気軽に外出しようと思う人が増えたのではないでしょうか。
さて、これから森歩きをする彼女は、一般企業の管理職に就いている女性です。30年以上も一つの会社で働き続けるベテランさんで、本務の傍ら、新入社員や中間管理職の職員研修も担当しています。この森林散策カウンセリングでは、「カウンセリングを受ける」というよりも、ご自身の体力づくりを目指して始めたのですが、今や、森に入ると、話が止まらなくなってしまうほど気持ちを吐露するまでになりました。
今回で7回目となる森歩き。どのような出会いが彼女を待っているのでしょう。

―今年の夏は、体力的にきつかったですね。

――9月になっても暑さが続いたので、夏が長かった印象ですね。

―ほんと、そうです!最近では倦怠感が抜けないですね。

――涼しくなって、溜まった疲れが出やすくなっているのですかね。

―んーーー、それだけじゃなく、会社のストレスもあるようです。

――なるほど、暑さだけではないんですね。

―はい。4月に異動してきた社員に振り回されっぱなしなんです。これまでもそういう人は何人かいたんですが、なるべくその人の良い所を見ようと対応してきてたんです。ただ、今回ばかりは、私を含め、部内皆がいらいらしてしまって、どうしていったらいいのか・・・。

――それは、困ってしまいますね。

―はい・・・。

彼女がいる部署は、今年に入って忙しさが増してきました。そのため、昨年中途採用された社員が、この春、部署の人員増員として異動してきたそうです。昨年の研修でその社員と面識があった彼女は、当時、全く悪い印象を持たなかったそうですが、いざ一緒に仕事をしてみると、想定していた働きぶりとは違って、彼女を含め、周りの社員が日に日にストレスが溜まり、全員が限界に近い状態になってしまっているということでした。

―異動してきた当初は、いろいろと教えながら一緒に仕事を進め、ひとつひとつ指示をしてきたんです。しかし、私のいる部署はデスクワーク以外に、お客さんもやってくる部署なので、来客があれば即対応と仕事をしていかなければ回らないんです。でも、その社員は、いったん自分の仕事を始めると、それだけに集中してしまって周りが見えなくなるようで、電話が鳴りっぱなしになったり、お客さんが来ても待たせてしまったり、困った状況がたびたび起きるんです。当然ながら、そんな状態なので、仕事の細かいところまでも目が届かないですし、結局人数が増えても今までと変わらないか、それ以上に私達の方が忙しくなっていまっている状況で・・・。でも何が一番キツイかと言えば、職場の雰囲気が悪くなり始めていることなんです。

――それはしんどい状況ですね。

―はい・・・。

と、彼女はひと息に話したので、ひとまず深呼吸をして気持ちを整えることにしました。二人は歩くのをやめ、目の前の林分(写真1)に向かって立し、5回深呼吸を行いました。

―はぁ~~~。ちょっと気持ちが落ち着いてきました。

と、彼女はそう言って、目の前の森(写真1)をじっと見はじめました。

―ここにある木は、皆、同じような形をして、同じ間隔に並んでいるんですね。

――そうですね。ここは、人が植えた林分になります。

―なるほど~。じゃあ、この後ろにある森は、人が植えたわけではないのですか(写真2)?

――はい、昔ながらの里山林になりますね。葉っぱが落ちる落葉広葉樹の樹木がメインで、いろいろな種類があります。昔は、生活用材として樹木を採取したり、落ち葉を拾ったりするために人の手が入っていた林分です。

―そうなんですね。同じ森でも、二つの雰囲気はずいぶん違いますね。

――そうですね。どちらもたくさんの樹木が生えてはいますね。どの樹木も、一本一本自立して立っているんですよ。

―確かに、まとまって見えるけど、ちゃんと一本ずつ立っていますね。

――風が強く吹いて、樹木がしなり折れそうになっていても、周囲にある他の樹木は、一切支えたりはできないんですよね。

―確かに・・・。ただ、傍観するだけなんですね。

――そうですね。

―動けないですもんね。でも、不思議とまとまった一体感がありますよね。

――そうですね。

―木々達の社会では、優れていても、だめになろうとしても、そんなことお互いに関係なさそうですよね………。人間社会では、相手に対してこちらが勝手に期待して、相手がそれに応えられないと、こちらが勝手に苛立って…。ただ、その人は自分のできることを精一杯やっていただけだったのかもしれないのに………。普段は冷静でも、苛立ってくるとだんだん周りが見えなくなってくるし、いい解決案もが浮かばなくなってきますよね………。私はかなり冷静な人間だと思っていたんですけどね………(笑)。ここに来ると気持ちが落ち着いて、自分を一歩引いて見られるようになるもんですね。私も、こういう木々達の姿勢でいなくては……!

と、彼女は落ち着いた様子で語り、本来持つ冷静さが戻り始めたようです。

転職会社の調査によると、会社を辞めたい理由のランキング一位に、「職場の人間関係が悪いこと」が挙げられるようです。それほど、職場の人間関係は仕事をする上で大事なことになるようです。長年働いてきたべテランさんとはいえ、職場で毎日、不快感を味合えば、心は揺さぶられ、苛立ちが生じることは当然です。しかし、それをどうやってならし、元の自分に戻していくかが良好な人間関係を築いていく重要なポイントになっていくのではないでしょうか。体力づくりを目指して始めた森林散策カウンセリングは、結果的に、心を強くさせていく作用もあるようです。もし、会社内の人間関係がスムーズにいかない際は、森に行ってみると、解決の糸口が見つかるかもしれませんね。
来月も心身の健康づくりを目指して、楽しんでいきましょう。

ブログ執筆者
竹内啓恵 https://jumoku.co.jp/info/b201906-2/

~森のメモ~

林分
林相が一様で、隣接する森林と区別できるような条件の森林をいいます。

林相
森林を構成する樹種、林冠の疎密度、林齢、林木の成長状態などによって示される森林の全体像のことをいいます。

里山
農山村に住む人たちの集落と、彼らが日常生活に関わりを持つ森林、水田、畑などで構成される地域のことです。

里山林
人々の居住地域近くに広がり、日常生活で利用する薪炭用材の伐採、落葉の採取などを通じて、手入れ管理をされてきた森林です。