森からの揺さぶり

スギ・ヒノキ人工林(1):雨が降っている時の林内(左)雨が止んだ後の林内(右)

毎日、暑いですね。こう暑いと、なかなか外に出かけようという気持ちにはならないですが、ふと窓ガラスを通して見た空に、もくもくとした入道雲を見つけたりすると、海やプールで泳ぎたい気持ちにさせられます。
今日、一緒に森歩きをする彼女は、数年前にヨガ教室を始めた40代の女性です。口コミで年々生徒さんの数が増え、最近では、スタッフの数も増えたようです。普段からご自身でも体を動かしていますが、たまには屋外でも活動したいということで、この森歩きにやってきました。
今日で3回目となる彼女。既に、朝から厳しい暑さとなっていますが、どのようなことを森は伝えてくれるのでしょう。

――暑いですが、今日も楽しんで歩いて行きましょう!

―はい、今日は森に出かけられると思って、楽しみにしてきました。普段は、暑くて外に出かけることが少ないですが、やっぱり街と違って涼しく感じますね。

――そうですね。特に、この場所は、森の林冠が閉鎖しているので(2)、直接太陽の陽射しを浴びることが少なく、ひんやり感がありますね。

―あ~~~、気持ちがいい~~~~~。

と、彼女は言いながら、樹冠を見上げ深呼吸をしました。

―蝉の鳴き声はちょっと騒がしいですが、気持ちがとても落ち着きます・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
今年で、自分の教室を開いて7年になります。有難いことに、生徒さんの数も順調に増え続け、新たに2人のスタッフも入ったんです。

――それはすごいですね。

―ただ、人数が多くなればなるほど、いろんな問題が出てくるようになってきて・・・・・・。

――そうなんですね

―今は、それらの問題を対応する方に多くの時間を割くようになってきてしまって、好きなヨガがあまりできなくなっているんです。だからという訳でもないんですが、最近は、昔ほどヨガが好きという気持ちがなくなっているように思えて・・・。

――それは残念ですね。

―はい。ストレスをなるべく溜め込まないようにしてきたつもりなんですが、やっぱり塵も積もればという感じで、自分ひとりでストレスを取り除くには限界を感じてきたんです。

――そうでしたか。

―ここに来ると、誰も私を知っている人は居ないし、インストラクターとか、経営者とかという立場からも解放されて、ものすごく気持ちが楽になるんです。

――そうですね。

―あるがままの自分で居られるような感じがします。また、ちょうどよく周りに木や葉っぱがぐるっとあって、自分が包みこまれているような気持ちにもなるので、不思議と居心地もいいんです。

と、彼女が語っていると、暑い夏特有の通り雨が降ってきました。

―あっ、雨が・・・。

――降ってきましたね。ただ、向こうの空は明るいので、恐らくすぐに止むと思います。でも、そこの木陰で少し雨宿りしましょう。

と私達が移動すると、急に空が暗くなり、ざっと雨が降り始めました。私達は傘を差し、しばらく木陰で佇んでいると、少しずつ森の中が明るくなり始めました。

――雨が降ると、草木や土の香りがしてきますね。

―ほんとですね。この匂い、懐かしいなあと思いました。小学生の頃は、よく雨が降ると、道路に溜まった水たまりを渡り歩く遊びをしていました。もちろん、母からは毎回洋服を汚して!と怒られてもいましたけれど(笑)。

――また、楽しい遊びをしましたね。想像するだけでもワクワクしてきます。

―あっ!森の中に光が!

――雨がやんで太陽の陽が射し込むようになったんですね。

―ほんとっ!さっきまでの様子とはガラッと変りましたね。森のなかにたくさんのスポットライトが当たっているように見えて、植物が生き生きしているようです。

――ほんとですね。お天気の状況によって、森の中の様相が全く違って見えますね。しかし、ここにいる樹木や植物は、晴れていようと雨だろうと、変わらず同じ場所に居続けるんですよね。

―確かに、そうですね。「激しい雨だから、もう嫌」とか言って、立ち去ったりすることも出来ないですし。雨が降った後は何事もなかったように?・・・いやいや、むしろ、生き生きしているかのようですもんね。

――もしかしたら、経験的に、どんなことが起こっても、それに抗わず、しばらくすれば収まってしまうことを知っているのかもしれませんね。

―なるほど・・・・・・・・・・静観しているような印象を受けます。それに比べて、少し渦中に居すぎたのかもしれません・・・・・・・。私も立ち止まってみないといけないなあ・・・そうすれば、もう少し全体が見えてくるかもしれないですよね。

と、彼女は、最後、少しトーンの低い声で自分のことを話してくれました。

どんな場合でも、全体を見渡してみることは、簡単なようでいて、意識していないとできないことのように思います。現段階では、彼女の教室で、どのような問題が起こり、対応してきたかなどの具体的な内容は分かりませんが、一時間だけでも、色々なしがらみから解放され、あるがままの自分で居られる場所を見つけられたことは、今の彼女にとって救われる状況になりますね。また、今回、森の中で出会った通り雨の経験は、室内では絶対にできないことですし、ましてや、森に行ったからといって、必ず雨に出会うという保証もないのです。これまでの彼女達が森歩きに魅了されていく点は、こういうところにあるのだろうと感じています。
来月までの一か月間で、彼女はこれまで違った視点で自分の教室を見ていくのだろうと察します。そうなると、次の森歩きへの期待感がさらに増すかもしれませんね。私も楽しみにしています。

ブログ執筆者
竹内啓恵 https://jumoku.co.jp/info/b201906-2/

~森のメモ~

(1)人工林
苗木の植栽、種子の播きつけ、挿し木など、人為的な方法で成立した森林のことを指します。日本では、1960年代までの拡大造林政策により急速に増加し、現在では全森林面積の約40%を占めています。

(2)林冠の閉鎖
直射日光が当たる背の高い樹木の枝葉部分を林冠と言います。何本もの樹木の枝葉部分が茂り、地上から林冠を見上げた時、空が見えない状態を林冠の閉鎖と言います。