


梅雨が明け、暑い夏がやってきました。大人になると、これからこの暑さをどうやって乗りきっていくか、つい考えてしまいますが、子どもの頃は、この暑い夏を今か今かと待っていたなと懐かしく思います。
さて、今日の彼女は、30代半ばの会社員です。営業職を経て、昨年、本社の役職に昇進され、周りからはよく、「若くして、大抜擢されたね」と言われるそうです。しかし、実際は、人手が足りず、毎晩くたくたになるほど仕事三昧だそうです。そんな時、総務からのお知らせメールで森林散策カウンセリングを知り、受けてみようと思ったとのことでした。
さあ、今日から始まる森歩き。彼女にどんなことが待っているのでしょう。
――やっと関東でも梅雨が明けましたね。青空が広がり、気持ち良いお天気ですが、暑さは厳しくなっていきますので、今日はゆっくり歩いていきましょう!
―はい、そうします。よろしくお願いします。
――こちらこそ、よろしくお願いします。
―最近、外出することも少なくなっていたので、今日は、ここに来るのがとても楽しみでした。ただ、営業職だった頃に比べて、体力がだいぶ落ちてしまったので、森のなかを歩けるかが心配でした。
――分かりました。無理しないで歩いていきましょう!
―はい!・・・・この一年は、家と会社の往復だけで、他のことは何もできなかったです。
――それは、とても忙しい毎日でしたね。
―はい・・・。営業だった頃は、社内にいるよりも外出する方が多かったんですが、本社に異動してきてからは、社内にいるのが圧倒的に多くなりました・・・。そのせいか、疲れ方も違うなって思います。
――疲れの違いも感じているんですね。息を抜く時間が減っていますか?
―はい・・・(笑)。今の部署は昨年新設したばかりで、何をするにも前例がなく、調べることから始めて来たんです。やりがいはありましたが、それなりに時間もかかるので、仕事漬けの一年でした。
――とても頑張って来られてきたんですね。
―(笑)・・・。女性で、また、他の役職付けの社員と比べると、わりと若くして役職に付いたんです。嬉しかったんですが、プレッシャーもすごく感じていて、昨年は、就任早々、胃腸炎になってしまったんですよ。
――まぁ!それは大変でしたね。
―1か月ほど、在宅勤務にしてくれました。
――そうでしたか。
―満員電車に乗らずに済んだので、心身ともに楽になりました。また、自炊するようになって、体調もだいぶ良くなりました・・・。実は、営業職の時、成績がとても良かったんです。たぶんそのせいで、私が何でもできると思われてしまったのかもしれません。異動した当初は、上司からどんどん指示が来るし、年齢的にも若手なので、全部一人で抱えるには限界があって・・・かなりプレッシャーを感じていました。
――そうでしたか・・・。精神的にもきつかったですね。
―はい、とてもです。ただ!それがあってからは、上司や同僚達が、私を気遣ってくれるようにもなり、だいぶ精神的にも楽になりました。
――大事ですね。
―でも・・・また最近体がだるくなってきて・・・。これは「まずい!」と思い始めたんです。
――なるほど。自分の変化に気づかれたのはすごいですが、だるいのは気になりますね。
―はい・・・。最近、とにかく眠いんですよ。でも、会社ではなかなかそれが言えないくて・・・。
と、彼女は初回にして、自分自身のことや身体の不調について、多くの話をしてくれました。その時、ふとカウンセラーの目に、可愛らしいピンク色の花が留まりました。
――ちょっと話を遮ってしまいますが、目の前にあるピンク色の花が見えますかね?
―え~っと。どこでしょう?・・・・・・あ、あの、毛のような感じでフサフサしているピンク色のものですか?
――はい。それです!
―え~~~!?これっ、花なんですか!初めて見ました!かわいいですね。
――そうなんですよ。かわいらしいでしょ。「ネムノキ」という樹木なんです!
―「ネムノキ」?
――はい。「ネムノキ」です。夜になると、この樹木の葉っぱは閉じて、朝になるとまた開くんです。このような葉の動きから名前が付けられたようですよ。
―へぇ~。夜になると、ちゃんと寝て、朝になると、また起きるんですね。それはすごい!
と言って、彼女はその樹木を見つめながら立ち止まりました。そして、何かを考えこむように、その場に立ち尽くしてしまいました。しばらくすると、彼女はゆっくりと口を開き、
―すごいですね!「夜眠って、朝起きて」っていう当たり前のことをして!
――そうですね。ちなみに、同じような特徴で、私たちの足元に生えている、この紫色の「ムラサキカタバミ」も夜になると、花と葉が閉じるんですよ。
―え~っ!こんなに小さくて?こっちは、花も眠るんですね!それはすごい!
彼女はその場にしゃがみ込み、その小さな花をじっくり見つめていました。数分後、すくっと立ち上がると、
―私もしっかりした睡眠がとれるように、これらの植物達を見習いたいと思います!そのためには、仕事の仕方の工夫をしようと思いました!
と、力強い声で、仕事への決意を伝えてくれました。
日々の生活が忙しくなってくると、つい削られてしまうのが「睡眠時間」のように思います。ましてや、仕事が忙しくなってくると、帰宅時間も遅くなり、限られた時間のなかで「あれもこれも」と過ごしているうちに、気づけば眠る時間はどんどん減ってしまいますよね。しかし、その状況を分かってはいても、渦中にいると、なかなか立ち止まって修正軌道することが難しいのが現実です。ですが、今日の彼女のように、ほんの少しでも、自然に目を向ける機会があると、気がかりなことも、優しく指摘してくれるかのように思います。そして、毎回感じますが、こういうタイミングに合った植物に出会えることが本当に不思議だと感じます。そして、そのことをちゃんと受け止めた彼女が、また素敵だと思いました。
これから一年、体力を回復しつつ、森を楽しんでいきましょうね!
ブログ執筆者
竹内啓恵 https://jumoku.co.jp/info/b201906-2/
~森のメモ~
(1)ネムノキ マメ科ネムノキ属
Albizia julibrissin
落葉広葉樹の高木~小高木。本州~九州の暖温帯に自生します。葉は羽状複葉(3)で、小葉は全縁です。暗くなるとこの小葉は閉じ、寝ているように見えます。
(2)ムラサキカタバミ カタバミ科カタバミ属
Oxalis debilis
身近で見られる多年草です。南アメリカ原産の帰化植物で、関東以西に野生化しています。ピンク紫色の花が咲き、夜や雨のお天気の際、花や葉が閉じます。花と葉は、食べられます。
(3)羽状複葉
葉の小葉が羽のように並び、1枚の葉を構成している樹木の葉の付き方を言います。