森で出会うさまざまな香り

学校という限られた世界から社会への扉を開いたとき、さまざまな問題や人間関係にぶつかり、初めて自分というものが何のか?考えさせられることがあります。そんなとき、これまで当たり前だと思っていたことが実は違っていたと気づくこともあり、同時に、自分自身を否定してしまうことも少なくありません。
彼女とは、今日が初めての森歩きです。春まで学生だった彼女は、社会人になってまだ数か月。日々、元気がなくなってくる彼女を心配した上司が、この森歩きを紹介してくれたようです。
さて、ちょうどお互いの自己紹介が済み、これから森へ出かけていきます。いったいどんなものに彼女は出会うのでしょう。

――・・・さあ、森を楽しみましょう!

―はい。よろしくお願いいたします。

と、二人は森の中へと入っていきました。カウンセラーと足並みをそろえて歩く彼女は、森の中を懐かしそうに見回しています。

――自然が好きですか?

―えっ?・・・・えーーーと・・・、はい、好きです!・・・子どもの頃からずっと、すぐ近くに自然がある場所で暮らしてきました。小学生の時は、毎日、学校の裏山に遊びに行ってました!

――自然が身近にあるんですね。

―はい。いつも自然が隣にある感じなので、今、「自然は好きですか?」って聞かれて、今までそういう風に考えたことがなかったなーと思って・・・。

――それぐらい身近にあるのですね。

―はい。だから、すぐに好きです、っていう言葉が出て来ませんでした。

――そうだったんですね。

それから彼女は、友達と探検したことや籠いっぱいにカブトムシを採ったことなど、森で楽しんできたことを話してくれました。と、そこで、

――ちょっと、この葉っぱを嗅いでみませんか?

―あ、はい。

――その葉っぱをこうやって粉々にちぎると、さらに香りが強くなりますよ。

―ほんとっ!あ、ツンとしたいい香りがします。

――いい香りですね。これはヒノキの葉っぱなんですよ。あの檜風呂で有名な樹木です。

―へぇ~ これがヒノキ!知らなかったです。

――じゃあ、こっちの葉っぱも嗅いでみませんか?

―はい・・・あっ!こっちはもっと香りが強くて、いいにおいがします。

――よく気がつきましたね。「クスノキ」という葉っぱで、防虫剤としての薬用成分も多く含まれているんですよ。

―なるほど・・・。ツンとするけど、スッキリとしたいいにおいです。

それからカウンセラーは、目についた樹木から葉を採って、一枚、一枚、彼女に渡すようにしていきました。すると、

―こんなにも、いろんな木があるんですね。今まで、こんなふうに自然の中で樹木を見たことがなかったです。

――初体験ですね!・・・・・・・森は一つに見えて、その中にある樹木は、さまざまな種類で構成されています。だからこそ、いろいろな動物や昆虫がやってきて、食事をすることができたり、寝床にして子育てをしたり、また、それらが樹木の子孫を増やす協力をしていったり・・・そうやって森は循環していきます。私たちが今嗅いできた樹木をはじめ、森の中の一つ一つの要素が森にとって大切な役割を担っているんです。

―なるほど・・・。

と、少し間が空いて、彼女は、

―それって、人間も同じことなんでしょうか・・・。

――はい、人間もいろいろな人がたくさんいますね!

―そうですよね。みんな違いますもんね・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんか、良かったあ。

と、ほっとした表情に彼女がなりました。

学生だった頃の学校という空間は、教員のほか、同級生をはじめ先輩や後輩など、年齢が近い者同士が集まり、比較的同じような雰囲気のなかで過ごします。そこから社会に出れば、誰だって、いろいろな人に出会わないはずがありません。これまで彼女が当たり前だと思っていたことは、おそらく今いる場所で何かが違うのだろうと思います。けれども、その違いは彼女を否定するものではなく、これから生きていく上で大切な要素になっていくのだろうと感じます。
これから彼女がどのように自分と向き合っていくのか、一緒に考えていきましょうね。

ブログ執筆者 竹内啓恵
https://jumoku.co.jp/info/b201906-2/

 

~森のメモ~

(1) ヒノキ ヒノキ科ヒノキ属
Chamaecyparis obtusa
高木。東北南部~九州に自生または植林。山地の尾根付近や岩場に普通。木材用に各地で植林され、野生化も多いです。葉は、ウロコのような小さな葉が繋がっているように見えます。その葉裏には、Y字型のように見える白い模様の気候帯があることが特徴です。家の柱以外に、「ヒノキ」のアロマや「檜風呂」という言葉を聞くように、ヒノキの木材は葉と同様に爽やかな香りがします。

(2) クスノキ クスノキ科クスノキ属
Cinamomum camphora
高木。関東~九州の暖温な地域の山地に自生しますが、公園やお寺、神社、街路樹にも植えられ、普段から目にする機会が多いです。昔は樹皮から樟脳を抽出し、防虫剤として利用していました。葉をちぎるとツンとした爽快な香りがします。イライラしている時こそ、嗅いでみてください!
2020.7月ブログ「森の中の不思議な巡りあわせ」も訪ねてみてください!