森の中を歩きはじめて日が浅くても、あるいは、すっかり慣れていたとしても、雪が降った後の森では、いつもと異なる彼女たちの姿が垣間見られます。冬の森林散策カウンセリングでの目玉のひとつ、銀世界の森では、毎回どのようなことが起きるか、想像するだけでワクワクしちゃいます。
彼女は、今の仕事に就いて30年のベテランさんです。ソツなく、日々の仕事をこなし、淡々と生活しているようです。というのは、今日で彼女と3回目の森林散策カウンセリングとなりますが、これまで彼女の声や胸の内を聞くことはとても少なかったのです。
――雪が積もっていますので、滑らないように気を付けてあるきましょう。
-はい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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と、ひたすら沈黙が続いたため、ちょっと立ち止まって下を向いてみました。
-あっ!足跡!
――ほんとですね!
-何だろう?
――シカの足跡ですね。
-えーーー、こんなところをシカが歩いているんだ。ふーーーん、そうなんだ。まだまだここも捨てたもんじゃないですね。
と言って、これまでに見たことのない笑顔で話してくれました。
それならば!と、
――捨てたもんじゃないとは?
と話しかけてみると、彼女は自分の考えをぽつりぽつりと話し始めてくれました。
しばらく彼女に耳を傾け、歩いていると、
-ああああーーーー!!
と、突然彼女の大きな叫び声が響きます。
私は転倒しそうになっている彼女の腕を握り、その場に踏ん張りました。
――大丈夫ですか?
-あ~びっくりした~。
凍ってたところを歩っちゃったみたいで・・・ありがとうございました。
と言いながら、一瞬の出来事に安心したのか、不思議に笑いが込み上がり、
お互いにゲラゲラと笑い始めてしまいました。
「やったー!」と私の心の中ではガッツポーズをしています!
「やっと、彼女の力強い叫び声と、自然な笑い声が聞けたよ~~~」と。
そして「ほっとした~~~~」と心の内で叫んでいます。
これまでほとんど声を発せず、話もしなかった彼女。
その彼女が、シカの足跡に反応し、
雪氷を歩いたおかげで、彼女自身が現れてくれたのです。
じんわりと心が熱くなっていきます。これからは色々と話していけそうですね。
四季折々、森は色々な形で、話のきっかけ与えてくれます。
今日のようなハプニングを、いかに彼女とのカウンセリングプロセスの一部として活用していくのか、そして、これをきっかけにどのように前に進んでいくのかが、この森林散策カウンセリングならではの技法なのです。
想像し得ない自然だからこそ、その時起こる突然の人の変化に、ぐっと私は胸を打たれてしまうのです。だからこそ、続けて良かったなあと思うのです。
~森のメモ~
ニホンジカ
Cervus nippon
ベトナムから極東アジアに広く分布し、主に険しい山岳地以外の草地を含んだ森林地帯を中心で生活しています。草食性、昼夜の区別なく活動します。
角はオスだけが持っていて、毎年生え変わります。交尾期を除き、オスとメスは別々の群れで生活します。メスは春から初夏に1子を出産し、妊娠期は約230日です。
足跡👣:先端が細いために、歩く時にかかる力が強く、蹄の先端がはっきりとした足痕となります。森の中で地面をよ~く見ていると、見つけられますよ!