ひんやりとした森の中

 

夏の暑さが和らぎ、森の中には秋の気配が少しずつ近づいてきました。ただ、色鮮やかな秋の森にはまだ早く、陽射しがやわらいできた分、森は薄暗くなった印象を受けました。
彼女との森林散策カウンセリングは6回目。森歩きも中盤にさしかかり、彼女は色々な場所で色々なことを感じ取り始めたようです。

―わあ!森がひとまわり小さくなっちゃった感じですね!1か月しか経ってないのに、寂しい感じになっちゃいましたね。

――ほんとですね。

と、彼女は森に入るとすぐに、前月との様相の違いを話してくれました。そして話題は、仕事と家庭、自分自身へと変化していきました。

―会社の働き方が変わって、週2、3回、家で仕事をするようになったんです。丁寧に家事ができるようになったり、子どもとの時間が増えたりして、家の中が落ち着いたのは良かったし、体力的にも助かっているんです。
でも、毎日出勤しなくなったら、お化粧や服装にもだんだん気を遣わなくなっちゃって、掃除をしている時にたまたま鏡に映った自分を見たら、「これはまずい」と思うほどの姿だったんです。

――そうだったんですね。

と言って、私は彼女の方へと頭を大袈裟に傾け、そのまま地面の方向へと視線を落としてみました。それに気づいた彼女は体を向き変え、私と同じ方向へと目線を動かしました。

―うわっ、紫色!きれいで宝石みたい!
ツヤツヤの小さな粒々が、いっぱいありますね。

――これは、ムラサキシキブの仲間のコムラサキという樹木の実です。

―えっ、「ムラサキシキブ」って、あの源氏物語の「紫式部」ですか?

――はい、彼女の名前にちなんで名づけられているんですよ。
この実は、派手で、目立つ、赤や黒の実と比べてぐっと控えめなんですが、この紫色が自分の色や中身を上品に際立たせているんです。小粒なので、小さな鳥でも食べられて、ほんのりと甘味もあるそうなんです。

―なんか素敵ですね♪

――はい♪ 今見ているのは、ムラサキシキブより小ぶりの「コムラサキ」と言います。この名前は、平安時代で活躍した女流歌人「古式部内侍(こしきぶないし)」にちなんで「古式部」とも呼ばれることがあります。
どちらの実も、今でいうキャリアウーマンのおふた方の名前に関係ありますし、別名「才色兼備の麗しい実」とも呼ばれているんですよ!

―キャリアウーマンに、才色兼備・・・。
目立たないけど、上品で際立たせる・・・。
んー・・・なるほど・・・。

と、その実を手に取って、じっくり見つめはじめました。

―ピチピチ、うるうる肌のようで憧れますね~。
こんなに目立たない場所で、注意していないと通り過ぎちゃうぐらいなのに。そんなこと気にしないで、自分の美しさを保ってここにいるんですね・・・。時代は違うけど、働く女性の名前がつけられているのも、なんか励まされます・・・。

・・・「毎日出勤しなくなったから」っていうのは、理由になりませんね。

と自身をも振り返り、納得した表情で話し終えました。

毎月1回の森歩きも、半年という時間をかけて過ごしていくと、少しずつその変化に気づくようになっていきました。だからこそ、彼女は薄暗い森の中でも、麗しい(うるわしい)佇まいの実を見つけることができ、それが彼女の持つ美への感性に響き、自身の振り返りまでも刺激したのです。どのような生活環境下であっても、森の中の成り行きは変わりません。でも、そこで出会って、その時感じる気持ちや感情は、往々にして、その時過ごす生活環境に影響されています。もし来年、彼女がこの森で、同じ紫色の実を見つけるとしたら、いったい何を感じ取るのでしょうね。あと半年、一緒に歩いていきましょう!

ブログ執筆者 竹内啓恵
https://jumoku.co.jp/info/b201906-2/

 

~森のメモ~

ムラサキシキブ:シソ科ムラサキシキブ属
Lamiaceae Callicarpa
低木。北海道~沖縄の温帯・亜熱帯に自生。上品な紫色の花と果実で有名です。生け花や茶道で活けられることも多いです。枝ぶりはコムラサキに比べやや奔放です。

コムラサキ:シソ科ムラサキシキブ属
Lamiaceae Dichoptoma
本州~九州の暖温帯に自生。庭木で植栽されていることが多いです。
ムラサキシキブより葉が小さく、枝ぶりは整然としています。この種を庭木、公園などでは、紫式部という名前で植栽されることも多いです。